身の回りの無駄について考えてみた。
無駄について考えた。
外食にお金を使いすぎだ。
家計簿ソフトの収支の欄を見ればはっきりするのに、見ないふりをしていたら、月の半ばで破産状態です。
困っていない感覚だったのは、キャッシュレス決済で生活していて銀行口座の動きだけだから、目に見えてお金か減っている実感がないからですね。
よくみたら減っていた、当たり前だ使っているのだから。
無駄なのは、こうやってキャッシュレス決済でお金を使っているからだけではない。
時間のロスがひどい。
外食のため家に外出して、交通費使って店に行く。
これって必要か?目の前のラーメン店ではあかんか?(いやあかん、まずいし、いやいや今考えることではないけれど、今は無駄遣いの観点で思っているんだ)、歩いて行ける範囲に店はないんか?
歩いて行けるお店で外食すると、同時に無駄な交通費と無駄な移動時間を無くせる。
もうそれくらいやらないとダメだ。
還暦間近で、といっても還暦で定年退職するわけではないので退職金がどうこうでは無いのだけれど、老後の生活設計をちゃんとするにあたっては、こんな調子でいてはダメなんだと思う。
ある人のブログを読むと、老後を国に頼れない現実がやってくることを感じるし、だからこそ今からその問題を真剣に考えなければいけないわけで、その一歩として無駄をなくすことを考え方として持っておく必要を感じます。
(そんなことを書いておいて実は、なのだけど、本当の策は無駄を排除することでは無く、収入源を持っておくことだと思っていて、無駄遣いは無くしていくとしてもそれだけで無く、いかに収入源を作っておくか、なのだと思います。)
老後を国に頼れない現実が来るとしたら、まず来るだろうけれど、無駄遣いなのは年金の掛け金かもしれませんね(自分がもらう原資と解釈したらの話だけど)。
(実際には今の年金受給者のために年金保険料を払っているだけで、それを次世代の若者に期待できないのなら、国には頼れない、ことになるとは思うので、無駄感はあったりするのが正直なところです。)